生きやすさマガジン

自分が生きやすく、みんなも生きやすく

井戸の底に居てヌルヌルした壁を登る

menhera.jp

 

2日続けて『メンヘラ.jp』に男の(メンヘラの)生きづらさが投稿されてて…うーん、この「メンヘラ」がメンヘラ性として語られる時と男性・女性に付随した時とはまた違う意味合いが…みたいなこと考えてたらウッとなった。


メンヘラについて語ることも可能だがこれはもう生きづらさの問題で、生きづらさは僕たちの人生にずっとついてまわるものである。
なんとか日常を保てるように、ぐるぐるとした毎日が続くようにするのが精一杯で、バラバラにされないうよう(会計の声にとらわれないよう)に生きていくべきだというどこか諦めに似た無力感というか徒労感に、ここのところわたしはずっと襲われていた。

 

 

 

居るのはつらいよ: ケアとセラピーについての覚書 (シリーズ ケアをひらく)

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生きづらさの声に耳を傾けようとするほどに相手の、自分の居場所が井戸の底にあってヌルヌルの壁を必死に登ろうとしているようでなんだかつかれるし、虚しさを感じる。


「生きづらさ」ってなんだろうと考えるとカテゴライズされる苦しみとか、本来あるべき自分とのギャップとかが思い当たるんだけど、そんなもの正解もないし解決策もない。
ただ苦しみながら悩みながら、そうなんだねぇと寄り添ってもらってただ時間を過ぎ去らせるしかない。
こんなふうに思ってしまうのもやっぱり自分が「なんとかしたい、してあげたい」って思っているからで寄り添うことの寂しさに飲まれてしまっているからだろう。


寄り添うことで安心が得られても、そこに寂しさも生まれてしまう。これは一体なんだんだろうか。
たぶんずっと、ここ最近は特に強く、わたしは寂しさを抱えている。だから他者に寄り添っている時もそれをわたし自身がかすかにまとっている。それは良い面もあれば悪い面もある。良い悪いを超えた彼岸にいなければならないなんて考えるとしんどくなる。身体と心が重い。

 

 

 

 

違国日記(1) (FEEL COMICS swing)

違国日記(1) (FEEL COMICS swing)

 


ヤマシタトモコさんの『違国日記』4巻まで出ています。他者とのどうしようもなく生まれてしまう「違い」を両手からぽろぽろとこぼしていく漫画。

 

 

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