生きやすさマガジン

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「助けて」と言えないの会 を終えて。当事者研究サイコーっ!!

4/28のレポートです!今回の参加者は私を含めて5名+九ヶ月の赤ちゃん1名でした!
3時間に満たない時間である程度の一人一人の深掘りを狙うとこれくらいの人数が丁度いいかな〜、と(二次会のファミレスでもめっちゃしゃべったけど)。特にわたしは少数でじっくりやるのが好き派なので、これくらいがいい感じでした。
赤ちゃんおとなしいし人見知りしないし、かわいいの権化だったな!

 

 


【当事者研究会の良さ】

 


今回わたしが進行役兼書記だったのでボードがだいぶ荒れています(写真は後に)。完全にダメな例です(笑)。みんなのためにわかりやすく書くというより自分の脳内ノートに書きなぐる感じになっちゃって。こういうボードの書き方も学びたいな。そんなわけで会の感想も「わたしは何を感じたかがメインになっちゃいます。来た人一人一人がきっとそれぞれの思いを持ち帰ってるはずなので、これはあくまでわたし個人の感想です。
毎度会をやるたびに「これだけためになる知見がたくさん出たので来ていない人のためにもきっちりまとめて提示したらいいんじゃないか」と思ってるんだけど、それ専用の議事録書く人とか録音しないと全部はすくい取れないだろうなーと思うし、参加者個人でレポートを書いて載せたほうがいいかなって。
この当事者研究会の一番の魅力は、わたしは「臨場感」だと思っています。
いろいろな知見が出て、それをその場で身体に染み込ませていくのが楽しいというか。会の最中もけっこう皆さん「ワクワク」とか「うーん」といった自身のリアクションを楽しんでると思ったし、今はわからなくても後で理解できるようになる、そのための残滓があるはずなんです。わたしもよく実生活で会であった発言や感覚を思い出すんです。こういうのって実感したからこそ出てくるものであって文字で読んだだけじゃあ伝わりきらないんですよね。
会を終えるといつも「こういった場をもっとたくさん作りたい」と思うので、この体験そのものをより多くの生きづらさを抱えている人たちに届けられたらいいなと思います。
今回当事者研究会そのものに興味をもってこられた方が多かったので、そういう人たちが増えるのもわたしの願いです。
「当事者研究会をやってみたい人の会」なんてあると面白そうですね。

 

 


【わたしにとっての「助けてと言えない」】

 

 


そんなわけで今回のテーマである「助けてと言えない」についてですが、まあボードを見れば色々書いてあります。

 

 

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わたし自身特にこれだ!と感じたのは


・自分ではできると思っている(過信)
・当時とても傷ついた
・世渡り上手になれない
・感謝をしていこう


といったところです。他にも山ほど「そうなんだよなあ!」とうなずくところがあって首がもげそうなくらいでしたが、特にそうだなぁと思ったのはこのへんかなぁ。


人に助けてと言わないのも自分で出来ると思ってるから。自分でやってやらない相手にイラついて、そんでもって自分の容量が結局足りなくて爆発したりシャットダウンして自滅するっていうね。
そして一応初期段階では何度か相手に助けてを言っているんですが(小分けにして早期解決)、それが伝わっていなかったりして(助けてを言う能力が不足している、慣れてない)そこで失望とか傷つきを経験しているんです。それがずっとこびりついていてずーっと悲しんでいるんです。それに気づけないと怒りや不満となっていびつな形で外に出てしまう。
「そうか、わたしはあのとき悲しかったんだな」っていうのに気づきました。


そして2枚目のボードの右端に書いてあるのですが、「世渡り上手な人」について。「助けてと言えない」自分とは反対の人種ですね。すぐに助けてを言える人。この人たちに対する思いもけっこう盛り上がった(笑)。いいなあという憧れであったり、ああはなりたくない、なれない、なれないのが自分と認める、こっちがフォローしているからだぞ、当事者同士になったらそうはいかないぞ、といった複雑な心境がたくさんでてきました。
わたし自身はああいう人たちをけっこう「すごいな」って思っちゃうんです。自分ではできないことをできる人は尊敬します。わたしは自分のために悲しんだり怒ったりすることができない。そういう自分の心の内をさらけ出すのが苦手なんですね。ものすごく苦手。その辺のことは以前の記事の、ワークショップに行った時のやつでも書いたのですがそういう自分を打破していきたい、変わっていきたいと考えています。きちんと自分を表現できていたらこんなに生きづらくないし、それが他者の生きづらさにももっと寄りそえることにつながるのかなって。
もちろん表現するタイプの人もそれはそれで苦労があるのでしょうけどね。今回そっち側の人の参加がなかったのでわからないかったけど、そういう真反対(だと思っている人)がいるとお互いの境界がゆらいでより楽しめるんですけどね。


それに連なってですが、これからはもっと感謝を伝えていこうと思いました。「助けて」もそうだけど「ありがとう」を言うのも苦手なんですよね。感謝ができる人、こちらをうまく気持ちよくさせてくれる人には率先して「助けたい」って気持ちになりますし、自分では大したことないと思ってることでも相手にとっては負担なことという場合もありますからね。「なんでいつも自分ばっかり」とふてくされたり自己責任に感じ過ぎちゃう、背負いすぎちゃうよりも、ちょっとしたことでありがとうが言えるともっと助けてもらいやすくなるのかなって。最終的にキャパオーバーになるくらいだったら小出しに小分けにしてやってった方がいいよね。


…あと傾聴ボランティアをしている身で気をつけようと思ったのが「あなたはどうしたいの(どうなりたいの)?という言葉はしんどい」という話題が出まして。
もちろん言葉ってのは状況やその後のフォローがあるかないかで意味合いも有効度も変わってくるものですが、これはけっこう「がんばれ」に次ぐ取扱注意ワードだなって。
この言葉って相手を黙らせる、対話を終わらせてしまうものなんですよね(良い面での終わらせ方も出来るんですがそれにはしっかりした信頼関係やフォローが必要です)。どうなりたいかがわからない、どうしていいかわからないから苦しんでいるのにそれを直接ぶつけるなんて敬意や配慮のない行為ですよ。
あとこの言葉によって「どうにかしようとしてくる」相手への不信や恐怖、「どうにかしてもらわないといけないのか」という思いがでてくる、という話もありました。
相手のことを聴くのが傾聴と言われていますが訊問はしんどいんですよね。

 

 


【これから】

 


そんなこんなで時間いっぱい語り合って、ファミレスでの二次会でもずっと話してて。最後はだいぶボーッとしてた(笑)。ていうか朦朧として眠かった(笑)。
わたしが書いた分量の何倍もの知見が飛び出していたので、また後日参加者のレポートがいただけたらそれも載せますね。
ほんとに、沢山の知見があってこんな楽しい会なんでみんなもっと参加しないんだろ、と不思議に思うくらいです(笑)。まあこれ以上増えるとここまでじっくりとはいかないんだろうけどね。それに、いつも来てくれる人も恵まれてるなって思います。みなさんじっくりとお互いの話をきいて、真剣に考えて悩んでくれて、けっして楽だけではない、答えの出ない旅をしているのですから。そんな旅も誰かと一緒だと少し楽に感じるんですよね。

 


こういった当事者研究会、とまではいかなくともカフェとかでも気軽に自分たちの気持ちを素直に話せる場が増えたらなと思います。
そういう集まりを自分でもやりたいな〜と思っている人は気軽に呼んでください。アドバイスなんてご立派なことは言えませんが雰囲気を伝えることくらいできますし。
来月に今日参加してくれた方の読書会に参加します。そういった場作りに興味があるということで、すこしでも応援できたらと思います(「ビースターズ」の啓蒙に行くぞ!)。


あと、この会でも今までの会でも毎度出てくるのが「キャラ作り」って話で、これからの生きづらさの対処法としてけっこう有効なんだという思いをますます強めております。
前に書いた「jkアカウントつくって言いたいこという」活動も次第に定まってきて来月にはあるお知らせをしたいと思いますので、しばらくはそちらの準備というか活動もがんばっていきます。


なのでブログも当事者研究のこととか傾聴とかビースターズとかキャラづくりとかいろいろ書きたいしなんかよくわかんなくなるかもだけど、どうか皆さんもよき生きづらさライフをお送りください。

 

 


レポートは以上です!