生きづらさマガジン

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『おっさんずラブ』を観た 3話まで〜「本能と本質」「差別とは世間一般におもねること」「相手のためを思って」

 

 

「テンションたけぇええええええええ!!」


が『おっさんずラブ』3話まで観ての一番の感想です。
ピュアなラブコメとして面白くて切なくて、それでいてすごく胸に迫ってくる感じ。これだけ話題になったのもわかる気がします。
細やかな演出や表情が秀逸で、一途に人を想う気持ちからこそ出てくる「真剣さ」が随所にあふれ出ています。ノリが完全に少女漫画のそれなんですが出てくる人たちが男同士っていうだけで、シンプルに「人を好きになるとは」「結婚とは」という事について考えさせられます。

 

 


【本能と本質】

 


普通の男女の場合は「本能だから」っていう言い訳でなんでも解決させようとしてきてけっこう冷めるときがあるんですが、こうして男同士だったりだとより「本質」を映し出せてる気がします。男と女で恋愛・結婚・不倫するのは「本能だから」で思考停止させられがちだけどその奥の本質を見極める、見抜くことが大切なんだと教えられてるようです。
本能という「普通、当たり前」の思考から飛び出して本質という「普通や当たり前を疑う、本当の自分の気持ちを発見する」という行為を描いているのがカッコいいしシビれるんですよね。もちろん本質と本能の関係もそんな簡単じゃないし、簡単に割り切れないからこその苦悩もあるんですけどね(本能と恋愛に関しては『ビースターズ』という漫画をお勧めします。これも今年一番ハマった漫画です)。

 

 


【差別意識】

 


ドラマの最初の頃は主人公が「男同士の恋愛なんてありえないよなぁ」とういスタンスだったので、観ながら「あ、こういった態度やセリフはこのご時世だし世間的にご法度では」というわたしの中のマイノリティを刺激しないようにしなけらばならない、相手の顔色を伺わなければならない(八方美人にとりつくろう)姑息な感覚があるってことに気付かされたんですよね。
もしわたしや周りの知っている人たちがそういう同性愛などのマイノリティの話があればきっと相手という個を見て本質を聞こうとするでしょうが、こういった世間、普通の人たち、多数派を意識すると「こんなこと言っちゃいけない」とか「こういう発想は差別なんだよな」って考えすぎて、結局その気遣いはマジョリティに対してのおもねっている、ご機嫌をとっている、自分は差別してないですよっていうアピールでしかなくなってしまう。それってマイノリティ、当事者たちへの思いじゃなくなっているってことなんですよね。
向き合い方も大事ですが、誰に対して向き合っているのかを考えておくことも大事だと思います。

 

 


【相手のためを思って言わないということ】

 


この物語はとにかく部長や牧が本気で春田のことを好きだから、それが伝わってくるからこちらの胸を打つんです。
部長が「男が好き」ということを言えないまま30年間奥さんと過ごしてきた苦悩もすごくつらかっただろうし、それを教えてもらえないまま離婚を切り出される奥さんもつらい。「お互いが相手のことを思っているからこそ本当のことが言えない」っていうのはわたし自身もよくあって、相手のことを思うからこそ本当のことを言おうとするのですが、勇気が足りなくて、あと多分信頼が足りなくて言えなくなっちゃうんですよね。怖いんですよね、相手を傷つけるのが。でもそれはこっちが勝手に想像しているだけだし傷つける覚悟もなく怯えているだけなんです。本気だったら言えばいい…あー、でも言えないんだよなぁ〜(笑)。そんな自分をどうにかしたいと思いながらずっと生きてきちゃいましたよぉ。
そういう時にこそこういったドラマなどで自分のことを考える、勇気をもらうってことが必要だし、すごくありがたいんですよね。
『おっさんずラブ』がこれだけ話題になったのも今の時代の一人一人の「自分に、相手に真剣に向き合いたいという気持ち」にヒットしたからなんじゃないかと思います

 

 


というわけで、残りの4話もしっかり観て2人の運命を見届けたいと思います!


はあ〜、楽しみだ〜