生きづらさマガジン

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鉄道駅の自殺防止ポスターに見るこの国の「自殺」と「ひとり」に対するイメージ

『鉄道駅の自殺防止ポスターがまぶしすぎてむしろ自殺したさが増す』というツイートのまとめが流れてきて、そのしんどさはこのポスターが「この国の自殺に対するイメージを如実に表してしまっているその絶望」からくる部分も大きいと思った。

 

鉄道駅の自殺防止ポスターの笑顔がまぶしてくてむしろ自殺したさが増す→「精神的に来る」「ひとりでもいいんだよ」 - Togetter

 


ひとりであること=かわいそう。自殺=悪いこと、迷惑。そういう発想が根強くある。マジョリティが、国民の多くがそう考えいているから政府の落としどころがこういった形になる。政府や鉄道会社に文句を言う。と同時に改めてみんなが考えてほしい。


「自殺なんて考えたら家族や周りに悪いし迷惑がかかる」「死んだらいけないのにどうしてもその考えが頭から離れない」そういった思いを持ちながら日々生き続け、限界まできてSOSを発する、それでもなお自分を責めるという苦しみがどれほどのことなのか。


「自己責任」というけれど「他者の責任」を背負っているからこんなにもしんどいんだ。


「つながる」「寄りそう」ことも大事だが「ひとりでいること」「自分自身」ももちろん大事。「孤独」とは自分自身を考え尊重し育てる時間、つながりを求めているのにそれがない「孤立」とは違う。大事なのは必要な時に誰かがいるということ、ひとりを否定するということではない。


このポスターではもちろん「孤立しないで」の意味でのひとりじゃない、だったのだろうが「孤独にならないで」の意味に捉えられてしまって反感を買ってしまった部分もある。伝え方が不十分、ということで非常にもったいないなと思った。自殺防止の取り組みはマジョリティの意識を変える、という国をあげてじゃないとできないくらいの壮大なものなのでそこはやはり心を込めてがんばっていってほしい。『国をあげて個人によりそう』だ。

 

 


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第2回目の「寄りそい方研究会(支え手の会)」を来年1月27日(日)に都内のカフェでやりますので、支援のボランティアをしている、またそういった人たちの活動を知りたい、興味があるという方はブログのコメントなりツイターでお知らせください。
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