「生きづらさ研究会」主催ぎりさんのブログ

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自分の弱さに向き合うのは本当に大変。

こちらの記事は婚活とか関係なく先日起きたわたし自身メンタル落ちの話です。
今、自分の弱さに向き合っている人、抱えている人に読んでほしい記事です。

 


ひさびさに、落ちちゃいました。急転直下、一瞬でどん底に。
わたし自身も最近調子良くて「メンタル強くなった自分」に過信していたというか、まあそもそも強くなってもなかった、っていう話なんですが。


ある会合で皆さんの期待を胸に意気揚々と発言をしようとしたら一気に落ちて何も言えなくなってがっくりと肩を落としたまま固まってしまったんです。心が真っ暗になって四角い部屋に閉ざされて扉をバタンと閉められてしまって思考・気持ちがどこへも行けなくなってしまった感覚。


話す内容を忘れたとか、緊張であがった、という感じでではなく一瞬でスイッチがオフになる感じです。メンタルに響くことを話す場で、しかも最近ずっと元気だったからかなり勝手な自信と期待を背負ってしまいよけいに勢いよくジャンプしたら天井に頭をゴーンとぶつけて一気に落下した、みたいな。


それを皆が理解してくれてあえて触れずにいてくれた優しさ(直後のフォローもきちんとあったので)、それもなんかもう恥ずかしさで居たたまれなくなってその後はもう、ずうっと「ああああああああああああ〜」って感じで頭の中に恥ずかしさと、昔からの弱さと一ミリも変化していない、むしろ強くなったとさえも過信しているアホさ加減にも襲われました。


その後は皆さんと“もう大丈夫”みたいに装って雑談して、帰りに一人になった瞬間からまた頭のなかでグルグルして、これはアカンと思って脳内の思考をまとめよう、吐き出さないとずっとこのままだと思って今わたしが一番弱さを吐き出せる相手…そう、このブログの読者の皆さん…まさにあなたに向けての文章を構築しました。

 

 

 


【「それはつまり、どういうことなんだろう」と自分に聞く】

 

 


わたし過去にこうして急激にスイッチオフになる現象を体験していて、ひどい時はその後引きこもりになったり仕事を辞めたりと、そういう事が繰り返し起きていたんですよね。
そういう「メンタルの弱さ」をなんとかしたくて今の傾聴のボランティアをやりだした、というのもあるんですよね。メンタルの強さを身に付けたい、と。


ま、でも今回も気づいたのは「それ弱さじゃなくて傾向じゃね?」ってことでした。ボランティアしていても自分の弱さとして話されているのを聞いてても実際それは弱さじゃないよな、と実感してるのでそう答えるし、よしんば本当に弱さとしか受け入れられないことでも、でもそれが「忌避すべきもの、忌み嫌うもの」というよりも「生かしてくれる、楽になるためのもの」だってことに話してると(外に出してみると)気がつくんです。

 


わたしがスイッチオフになる時って「周囲の期待に応えようとして無理するとなる」ってのに気づいたんです。素晴らしいことを言わなきゃ、しっかりとした自分を表現しなきゃ、さあやってやるぞ、という気負い。でもそれプライドからくる勝手な過信なんですよね。そんなのべつに自分が周りの期待というものを勝手に想像して作り上げてるだけ。もちろんそれとなくそういったことが感じられたりしているから自分でも作り上げちゃうんですけど、それをもう思いっきり高く設定してしまうという無謀さよ(笑)。一言でいうと“ええかっこしい”なんですわ(笑)。
もちろんそういった他者からの期待に応えるために余計に力を発揮する、自分が成長できるという良い面もあるのでそれ自体が悪いのではなく、過度に意気込み過ぎちゃってるのがよろしくないんですよね。責任感とか、周りの期待に応えて笑顔にしたい、という気持ちも常に強くあるので自然と許容範囲を超えてる感じになっちゃってる。


最近支え手の側の会とか婚活・恋活支援とか一気に色々またやろうとしている、それが自信となってると同時に「今ノッテる自分をここでも見せたい」という気負いがあったんですよね、じっさい。
これを「弱さ」ととらえ、悪いもののように思ってしまうと、もちろんしんどくなりますよね。
でもこれ、自分のキャパを見誤ったということだけで、別に強さ弱さ関係なくない?って思えてきて。まあ実際にそういう言葉をかけてくれる人いたらいいんですけどね。そうじゃないよ、って。いないから自分でかけたんですけど(笑)。
そういう意味ではすごい孤独じゃん(笑)。

 


で、その時わたしがかけてほしい言葉はなんだったろうか、と考えたら「周囲の期待に応えてようと一生懸命だったんだよね、大変だったよね」でした。
最後の言葉は「頑張ったよね」でも「つらかったよね」でもなく、ただ労ってほしい気持ちがあったですよね。なぐさめられるのもみじめだし、解決策を言ってほしいわけでもない。
ただ気持ちがわかるよ、という言葉がほしい。それがあるとちょっとだけ冷静になれて、落ち着けて、すると自分で考えるという余裕が生まれる。
そこで初めて、じゃあどうしたらいいんだろうという段階に行ける。


行きました。


求められたら、あるがままに素直に応える。


そこで大丈夫だと過信してより頑張ろうと無理をしてしまうとパチン、とスイッチが切れる。


周りが期待をかけてくれるのはもちろんうれしいのですが、そこで一つ深呼吸、自分で自分を楽にしてあげる。
まわりにわたしのことを伝えて、それをわかってくれてる環境を作っておく、というのも一つの方法ですよね。だぶんこの気持ちをこの度の皆さんにお伝えしておけば次からはプレッシャーから解放されるでしょう。でもそうやって気遣われるのがいやなんですよね。そういうところがプライド高いんですよね(笑)。でも期待されたい、頑張りたいって気持ちはやっぱり無くせないので。どうしても譲れない部分だってあるんです。
だからこそここに書いてるんですけどね(笑)


ここの皆さんなら、きっとわたしの気持ちもわかってくれるんじゃないかなって思って。


こんな自分の気持ちを現実の人たちには言えない、言いたくない。でも誰かに知っておいてほしい。
どうもそれが今のわたしにとってはここのブログの読者のようで、中には実際にお会いしたことのある方たちもいらっしゃって余計に親近感を持っているんですよね。
ここではわりと傾聴ボランティアをして支える側になって、っていう姿がメインですけど、やっぱりこんな気持ちも抱えているんです。


皆さんと同じように。


そういうつながりを持っている分、そして考え方を知っている分はたしかに「強くなった」と言えるのかもしれませんね。

 

 


だから、読んでくれてありがとう。