「生きづらさ研究会」主催ぎりさんのブログ

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「女の敵は女」としむけているのは「差別するガヤ」

ちょいと話題になってた牧野あおいさんの『さよならミニスカート』を読みました。

 

 

さよならミニスカート 1 (りぼんマスコットコミックス)

さよならミニスカート 1 (りぼんマスコットコミックス)

 

 


“ミニスカートに象徴される「男性に消費される女性性からさよならしよう!」みたいなお話かな?”と思ったら「私たちも人間なんだよ」っていう話だった。ミニスカートはそのための舞台装置だった。そもそも主人公もそういった女性性に対して否定もしていない。それがうまく働いている様を封印させられているだけだった。
で、その主人公に対立する立場としていわゆる「(ミニスカート的な)女を武器にして他者にとり入る」タイプの女の子を使っているのが気になった。そこで敵対関係作ってお話すすめてくのってエンタメとして正解なんだけど、それはちょっともったいないというか、そもそもその「女対女」の関係を作ってのうのうとしてる輩がいるでしょう、そこをとっちめないのか?と思った。
そこらへんのガヤ(クラスメイトの男子とか柔道部員とか)がその立場の象徴として描かれているんだけど、ああいった『女ってこうだよな』っていう他者の共有化が差別につながるので、社会全体にはびこる「差別するガヤ」こそ戦うべき相手だと思うんだけど。


まあ戦うっていうのもちょっと違うなーと思ってて。差別意識を指摘はできても加害者意識はそもそも持っていないんだよね。
「俺は痴漢してないから関係ない」で終わり。その奥にある差別意識を顕在化していかないといつまでも平行線。
少女漫画的に自分たちの味方をしてくれるキャラ、いわゆるヒーローの存在がこの作品にもいるんだけどどうも「女性性をまとった属性のキャラ」っぽいんで、そうなるとけっきょくその人物も「差別するガヤ」という男性社会からは異質の存在なんで全体へ及ぼす影響は小さいんだよね。
その人がどこまでヒロインとその敵対関係の女子たちと組んで周りを変えていくのか(たぶんそういう展開になると予想する)、そこまでのことをして初めて「異例」というキャッチコピーがつけられるんですよ。女子のための少女漫画がその枠をはみ出す。
「このまんがに無関心な男はいても無関係な男はいない」
そのくらいでっかいテーマを扱ってる、その勇気のあるマンガである、そう思ってるから編集長ゲキオシなんでしょう?
女子によりそうのが少女漫画の第一義ではあるけれど男子に差別意識という名の苦しみを
わからせてやれるのもやっぱり女子が担うしかない現状だから、そこはひとつガンバってほしいなと思いますね。

 

 

 

 


【オマケ】

 

 

青のフラッグ 5 (ジャンプコミックス)

青のフラッグ 5 (ジャンプコミックス)

 

 


「ミニスカート的女性性」でもって全ガヤ男子&女子に己を貫く『青のフラッグ』のマミさん。必要なのは「戦うこと」ではなく「自分を認めることによる他者からの尊厳を取り戻すこと」なんだよね。

 

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差別する側に示すんですよ。「わたしはわたしだ」って。そしてそれを認めてくれる相手とよりハッキリと形作っていく。
そこにあるのは被害者ではなく救われたい人、幸せになりたい人、そういう捉え方をしていくのも必要なんじゃないかな。