「生きづらさ研究会」主催ぎりさんのブログ

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「自分と他人は違う」にこめられたやさしさと冷たさ。ヤマシタトモコ『違国日記』③

「自分と他人は違うんだ」と認識することで余計な期待や失望をしなくて済む、余計な軋轢やストレスを避けられて万々歳だ、というのがわりと一般的な解釈だと思うのですが。


傾聴の場でも「相手を尊重する」「偏見や先入観を持たない」「意見の押し付けやアドバイスをしない」というのが基本的なこととして言われています。


わたしもそう思ってました。全くの疑いを持っていませんでした。

 

 


でも先日「そうやって認められてしまったら止めてくれる相手もなく、それをせざるを得なくなる。それはとても苦しいことだ」という事を聞きました。


自分と他人が違うなんてことは、きっと誰でもわかってることなんです。
でもそれを認めてしまうと、そう言われるとさらに苦しい気持ちになる。


その寂しさや孤独の感情が「自分だけじゃない、みんな一緒なんだし分かり合えるものなんだ」と思いたい。たとえ違う人間同士であっても、という願い。


そういった気持ちを無下にしていたら、尊重の言葉になるはずがとても残酷な言葉になってしまう。
当たり前だと思っていたことも他人にはそうではない、簡単には割り切れない思いがある。肝に銘じておきたいです。

 

 

 


【そしてタイムリーな出会い】

 


ヤマシタトモコさんの『違国日記』の三巻が発売されました。

 

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交通事故で両親を亡くした中学生の女の子と、彼女を引き取ったちょう人見知りの叔母とのお話です。


女の子は今まで両親に「好きにしなさい」と言われながらもじっさいは見えない枷でつながれた生活を送ってきました。ところが事故で急に両親がいなくなり、「あなたとわたしは違うから」を公言する人との生活に激変し、自分でもどうしていいかわからなくなってしまいます。

 

 

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「自分」というものがまだ不定形でかたまっていない女の子にとって(そして多くのすでに大人になった人たちにとっても)、急に「好きにしなさい」と言われたところで混乱してしまうものです。


そんな時にこそこの叔母がとったように「自分のことを正直に話す」「相手の気持ちをしっかりと聞く」「自分なりに思いやる」といったことで受け止めることはできるんですよね。

 


たしかにわたしとあなたは違う人間です。だからこそ色々な感情がわき、動こうという気持ちにもなるんです。

 


すべての寂しき人たちへ。

 

 

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違国日記 3 (フィールコミックスFCswing)

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