「生きづらさ研究会」主催ぎりさんのブログ

生きづらさコレクターぎりさんのブログです。生きづらさ研究会のテーマ&参加者募集中!

ちゃんとしたいけどできない人と、ちゃんとしてるのに恐れている人たち

 

ぐるりのこと。 [DVD]

ぐるりのこと。 [DVD]

 

【1993年、小さな出版社に勤める妻・翔子と生活力に乏しい夫・カナオは第一子の誕生を控え幸せな日々を送っていた。カナオは日本画家を目指す傍ら法廷画家の職を得る。その後第一子の死去という悲劇に見舞われた夫婦のうち、翔子は次第にうつに陥っていく。そんな翔子を静かに見守るカナオは、法廷画家という職について法廷に通ううちに東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件、地下鉄サリン事件といったさまざまな事件の公判を傍聴する。時代の変化の中で二人の夫婦は夫婦の絆を深めていく。】

 

 


家に帰るのが嫌いだ。
長いこと引きこもっている彼女がいるから家の空気は淀んでいる。
外から帰ってくるとその空気に窒息しそうになる。
彼女は病気だから。何も言えずに、ただ自分を殺してそばにいる。
それが正しいことなんだと言い聞かせている。ずっと。

 

 


映画の中で、子を失いうつとなった奥さんを支える夫は、ただ静かにそばにいる。
それでいいと思い込んでいた中で、映画終盤2人が言い合う場面がある。


「わたしが死んだら泣く?」
号泣して叫ぶ奥さんに対して
「泣いたらいい人なんかなー?」
という言葉を返す夫。向き合えていない返事。これは夫の、父が勝手に逃げて自殺して「他人の心なんてわからない」という気持ちから生じた他者との距離感だ。いつも泰然自若としている夫のその態度が奥さんの不安につながっていた。


「ちゃんと横にいるのに、私のためにいてくれるのかわからない。離れていくのがわかってるのにどうしたらいいかわかんない」


「どうして私といるの」


よく言われる言葉だ。この言葉が発せらるとき、答えはいつも一緒だ。


「好きだから」

 

 

 


ちゃんとしたかったけどちゃんとできない、そんな苦しみをもっているのも知っている。ただ、忘れてしまうんだ。ちゃんとした世の中にいるときは。
ちゃんとしている人は、それを意識しないように生きている。意識させないような仕組みの中で。だからそれをわからせてくる存在は怖い。
ちゃんとできない人への「甘えだ」「みんなはちゃんとしてるのに」といった言葉は自分たちがちゃんとしてるのに、という不公平に対する怒りとともに、自分を殺しているという虚しさと申し訳なさ、恥ずかしさといった感情が思い起こされて怒りとなって出てしまう。そしてそういった気持ちに気付かされるのが怖いからだ。

 

「ちゃんとするって、大変だよね」


そいう言い合えることが大事なんだ。


そう言い合える人だと思えるから、好きなんだ。


そういう気持ちの通じ合いがあるから、そばにいることが感じられるんだ。