第4回生きづらさ研究会参加者とのチャット その1〜執着しない・メンヘラ・生と死

第四回生きづらさ研究会テーマ「家庭」「恋愛依存」に参加していただいたいなみさんとのその後のチャットのやり取りをお送りします。
 
 
 
ぎりさん    体調はいかがですか?
 
いなみ   今日は病院に行って無事薬補充できて比較的穏やかに過ごせてます。
 
ぎりさん  それは良かったです。穏やかじゃないときはわりとしんどいですか?
 
いなみ   調子悪いとそもそもベッドから起き上がれないというか目覚めないです…寝起きが非常に悪いので…。普段の生活はその時々倦怠感とか希死念慮とか無気力感、その他諸々の症状としてしんどさがでてきたりします。
 
ぎりさん   ふむふむ。そういった症状が出るんですね。けっこう大変ですね。では改めてお聞きしていきますが、そんな中この生きづらさ研究会に参加しようと思った理由はなんでしょうか。
 
いなみ   今「メンヘラと家庭」について非常に興味を持っていたからです。
類は友を呼ぶといいますか、私の友達はメンヘラが多いんですが、その子たちの大体の家庭がイエの形をとっているだけのフツウじゃない家庭の子が多いと感じていました。家庭という小さくて閉鎖的な社会について、皆さんはどんな風に捉えているんだろうと。私自身も所謂フツウの家庭で育っておらず、現在心理士さんと今の生きづらさの原因のひとつとして家庭にあるんじゃないか、と話し合っていたのもありますね。
 
ぎりさん   なるほど…。わたしも次回テーマを「自虐自傷」を取り上げたいと思っていて、それだとやはり「メンヘラ」のイメージがやはり強くて。メンヘラという言葉の定義とか抱えているものとか、いなみさんにもいろいろお聞きしたいところですが、まずはいなみさんご自身のことを。心理士さんとの話し合いはどうでしょうか。
 
いなみ   私の場合はまず昔から自分の家庭についてちょっと両親の仲が悪いかな?くらいの普通の家庭だと思って育ってきました。会の時にもお話しさせていただきましたが、私の家庭の異常性に気づいたのは実家を出て、大学に通いながら働く生活を始めてからです。なんで私はこんな辛い思いをして安月給のバイトしながら大学に行かなきゃいけないんだ、周りはサークルやらなんやら楽しそうに過ごしてるのに、今の生活に何も楽しい要素が一切ない。昼間バイト行って夜大学なんて生活してたら自由な時間なんて本当にないんですよね。なんでこんな生活強いられてるんだ、と思った時に家族について考えるようになりました。その辺は心理士さんとも話し合い中なのであまりはっきりとは言えませんが…
 
ぎりさん   ふむ…今の自分の生きづらさ、その要因が家庭にある、と。そこを考えていくことで今のこのつらさの認識が変わるのではないか、といったところなのでしょうか。「普通の家庭」というワードも気になります。
 
いなみ  心理士さん曰く昔のことを少しずつ思い出してみよう、というスタイルのようです。その辺りはすみません、あまりお話しできません。
私の考える普通の家庭は会でもお話しさせていただきましたがまず親が大人であること、親としての責任を自覚していることだと思います。あとはあくまで保護者であってほしいと思います。私自身、普通の家族についてよくわかっていないのではっきりとは言えませんが…
 
ぎりさん   なるほど…何かしらの発見があるかもしれませんね。その点、会に参加しての他の方の家庭の話はどうだったでしょうか。これもお聞きしたかったことの一つですが、会の最中のお気持ちとか、気分はどうでしたか。
 
いなみ   今、生きづらさを感じる人たちはやっぱり家庭になにかしら問題を抱えてる人が多いいのかな、と再認識しました。あくまで私の狭い環境の中の印象でしかありませんが。
実は会の日はすごく調子が良くて普段はあんなにべらべら喋ることはないんですけど、私の考えを知ってもらいたいという気持ちでいっぱいでした。その点はちょっと強引だったかもしれません。
 
ぎりさん   「家庭に何かしらの問題を抱えている人が多い」という認識はいなみさんにとってどうですかね?
会については、たくさんしゃべっていただいて私的にはありがたかったです。皆さんもいなみさんのお話はすごく参考になったようです。ていうか毎回、会に参加した人ほとんどは「しゃべりすぎた」って思うようです(笑)。こんなはずじゃなかった、みたいな(笑)。
 
いなみ   そうなんですね(笑)。こんな奴もいるんだ、みたいに参考程度にしてくれればありがたいですね。
今大学で学部外講義の心理学や社会学(ほんの基礎ですが)を受講しつつ、実はメンヘラ、主に家庭について研究をしたいなぁなんてぼんやり考えてます(笑)。
 
ぎりさん   おー、そうなんですね。すごく期待しています!応援します!メンヘラと家庭環境は切っても切れない関係になりそうですが。
わたしもこの「メンヘラ」という言葉の内包するもので、性別とか年齢関係なくメンタルヘルスに悩みをかかえている人たちの助けやヒントにならないかな、と思っている所です。「メンヘラ.jp」さんもこれからも頑張って欲しい所です。
会の最中におっしゃっていた「執着しない」「カミングアウトを適切に」みたいなライフハック?はどのように培われてきたのでしょうか。
 
いなみ   培われたというより私自身になにも執着がないからですね。自分は無価値な人間だと感覚的に感じていて、いつ死んでもいいと思ってるし、そもそも生に執着がないというか。どうでもいいんですよね。だからこそできるのでちょっと参考にはならないかもしれません…。
 
ぎりさん   ほーっ、なるほど。「前向きな無力さ」という考え方もあるので、もしかしたらそういう風に考えることで逆に生かされてる、ということもあるのでしょうか…。
いつ死んでもいい、と思っているということですが実際に自殺を考えたことはあるのでしょうか。
 
いなみ   ありますけど、実行したことはないですね。まさにメンヘラjpさんの記事になるような感覚です(https://menhera.jp/23)。この記事で大体同じ考えなのであまりお答えできることはないと思います。
生きてるのがつらい、今すぐ人生をやめたいって感じですね。でも健康のために(?)サラダをよく食べますね…謎。
 
ぎりさん   なるほど。今後もそういったお気持ちを抱えたまま、今日1日をなんとか生き延びる、といったところでしょうか。
いなみさんは「メンヘラと家庭」を研究することで、ご自身やその他の人たちなどにどういったものを与えたいとか、なにかあるでしょうか。知りたい、というお気持ちがとにかく強そうですが。
 
いなみ   どちらかというと心理士になりたいんですが、道のりはだいぶ遠いですね。医療系のお仕事につければいいな、と思ってます。同じ感覚を共有してるメンヘラたちを救いたいという気持ちは強いです。ただ、純真な心を以ってメンヘラを救おうとする者はメンヘラ取りがメンヘラになるので難しいですね。
 
ぎりさん   そうですか、本当に応援しています。純真な心、ねぇ…そこらへんの助け合いのやり方のノウハウも学んではいくはずなんだけど、わかってはいても、難しいものではあるんですが。そもそも「救う」ということじたい主体の言葉なんだよねぇ。救いたい、というお気持ちがあるんですね。
 
いなみ   これは友達として、自分が大好きな人が自分は無価値な人間だと思ってたら毎日褒めてまくって助けてあげたいと私は思います。ただ、共依存と表裏一体なので…。
 
ぎりさん   助けたいよね…救いたいよね…。その気持ちはよぉ〜くわかる。共依存をだいぶ心配されてますね。そこらへんは私もボランティアの研修でも学んだのできっと大丈夫ですよ。まあノウハウだけじゃなく、実践あるのみなんだけど(笑)
 
 
 
と、いう感じで今回のチャットは終わりです。
いなみさんの「自分は無価値な人間。いつ死んでもいい」という言葉。そういう想いで日々生きていくというのは相当にしんどいことだと思います。だからそれを感じないために「執着を捨てる」という方法を用いているとも感じますし、でもそれが問題の出口というだけでなく入り口でもある気がするんです。だからいつ死んでもいいという気持ちと、健康のためにサラダを食べ友達のために何かしてあげたいという気持ちが混在する。生と死がとても近くにあるな、と感じます。これもまた一つの生き方である、と。
 
メンヘラという言葉、メンヘラを救いたい、という想いはわたしも同じくありまして次回の生きづらさ研究会はそれに即したテーマでやる予定です。
いなみさんの今後の取り組みにも大いに期待しています。
 
 
 
 
【追記】いなみさんの許可を得てこちらにいなみさんのアカウントを載せておきます。後日、メンヘラに関する記事を書く予定ですのでそちらで改めていなみさんのメンヘラという言葉への思いを載せたいと思います。
よろしくお願いします。