「家族」について語ってみる。

第四回の生きづらさ研究会が今週末の7/28(土)に開催されます。
「メンヘラ.jp」の居場所データベースに登録したこともあり、おかげさまで定員に達することができました。ありがとうございます。参加を考えていた方には申し訳ありませんが、また来月半ばまでには開催予定ですので興味のあるかたはもうしばらくお待ちください。
 
 
と、いうわで今回は第四回のテーマの一つである「家族」について私の話をしようと思います。
当日話すことを先に書いちゃうのでお楽しみとしては半減なんですが(笑)、こうやって自分のつらさを外に出すことでも見えてくるものがあります。
事前に個人として考えてみる、それを会であらためて他人に話す。他の人の話を聞くことでも新たな視点や知識のアップデートが可能になる。そういったメリットがありますので一度事前に書き出してみるのもおススメです。
 
 
さて、私の家族の話ですが。
前回のブログで書いたんだけど親父の家系がメンヘラで、おばさんも入退院を繰り返してたので私自身もちょいちょい躁鬱でドカーンと爆発を繰り返してたんだけど、あるとき「これはもう家系だからしゃあない、自分のせいじゃない」ってなったら気持ちが楽になったし、傾聴ボランティアで他者への接し方を学んだら自分自身もなんかコントロールできるようになってきたので今はだいぶ楽なんですよね。
あと、お袋の家系がユーモアを持ち合わせてる、わりとなんでもあっけらかんと受け止め、受け流すタイプ(一言でいえば大雑把)なので、その性質のおかげで自分もこうして生きていけてるんだな〜って感じです。たぶんこっちの血が入ってなかったら自分も今こんなふうにして生きてないな、と思うんです。ユーモア大事。
 
というわけで、今はもうお袋しかいないし私自身が家族というものに対して思うことはそれくらいで「とくに家族に理想も怨念もなし」で生きてきたんですよね。
その「実際の家族」よりかは「血の繋がっていない家族」のほうでいろいろとありまして。
 
10年以上前の話になるんですけど、結婚して婿養子になってたことがあったんですね。その時も、私一人っ子なんですけどうちの血筋がそれで絶えることもなんとも思わなかったしお袋も「好きにすれば〜」って感じだったのでアッサリと相手の実家の息子になったんですよね。むこうは一人娘だったし、女系な家庭だったので「息子ができた!」ってことでそりゃあもう歓迎されましたよ。
だからこそ、別れた時がつらかった。彼女との別れもつらかったんだけど、せっかくできた新しいお父さん、お母さん、おばあちゃんを裏切ってしまったっていう気持ちですごい負の感情が押し寄せてきた。一生分くらい泣いたって思ってたけど、それでも涙は枯れることなくその後も流れ続けた。その別れた奥さんもメンタルやられててそれが一番の原因だったんですよね。当時はわたしも周りもまだそういったことに関しての対応の仕方も知識も一般には広がってなくて。その時の後悔が今もあって私がこういう活動をしている一因でもあるんですが。それについても、いずれ書くつもりです。
 
そんなわけで新しくできた家族にはうれしくてすごく満足していたんですが、これって私だけがその中で「他人だったから」ってこともあると思うんです。
いくら戸籍上は家族になったとはいえじっさいに血は繋がっていないわけですし、あれだけ「家系の存続とか、血筋とか興味ない」って思ってたんですけど、ずっとあの家庭の中では自分だけ違うという「孤立感、孤独感」はずっと感じていました。
でももし当時子供をもうけていたら、絶対「この子のことは俺がいちばんわかっている!この子は俺のもの!」っていう気持ちが芽生えていたと思うんです。だってその家庭で唯一自分と血の繋がった者だから。他は皆、他人だから。
 
それくらいの寂しさを持っていたんだな、と書きながらわかりました。
 
自分の中では「家族」というものは「血筋」とか「孤独、寂しさ」というものに関わる部分がキーであって、他はあんまり重要視していないんだな、って気づけました。いや、マジで書きながら気づいたわ。結婚してた頃のこともひさしぶりに思い出したし。
 
いやー、こうやって書き出してみるといろいろわかるね。会の当日はここまで自分のことだけについてしゃべる時間がないから、事前に書いてまとめておくと話しやすいかもしれません。
 
こういった考えに他の人の体験が重なるとまた別の見方や解釈も見えてくるので、そこも大いに楽しみにしてもらいたいですね。