「生きづらさ研究会」主催ぎりさんのブログ

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第三回生きづらさ研究会の参加者とチャットしました。「○○らしさ」という抑圧。

 
第三回テーマ「恋愛感情・恋愛依存」に参加していただいたつづらさんと主催の私、ぎりさんでチャットをしました。その様子を皆さんにお届けします。つづらさんは「恋愛感情がない当事者」として参加されていました。そのことについての言及があります。
 
会に参加しようか迷っている方には、どんな雰囲気だったか伝わればと思います。
 
 
 
 
【女らしさ、男らしさという抑圧】
 
 
 
ぎりさん こんにちは〜。
 
つづら こんにちは!
 
ぎりさん よろしくお願いします!
 
つづら よろしくお願いしますー
 
ぎりさん 会に参加してみての印象はどうだったでしょうか?
 
つづら ここは私と一緒だなと思った部分もあるし、ここは違うなという面白さもあり、とても興味深かったです。
 
ぎりさん そうですね、同じ部分と違う部分、両方見えると面白いんですよね。そこのところを聞かせていただいてもいいですか?
 
つづら 同じだなというか、言語化できてなかったけど確かに私もそう考えてるなというのは「恋愛はいろんなものが一緒くたにパッケージ化されてる」って話ですね。恋人という概念に馴染めないのは、恋人関係になったら自動的にああしてこうしてってなることに違和感があったんだな、ということに気が付きました。
逆に全然違って面白いなと思ったのは「結婚したら恋愛からおりられる」っていう発想でした。私ははなから恋愛のステージに立っていない気がしているので、性愛者の方は強制的にステージに立たされるぶん苦労があるのかな、と思いました。
 
ぎりさん 「恋人という概念」っていうのは普通はこうするものという規範が決まっていてそうは思わない、出来ない人にとってはしんどいですよね。そういうものなんだろうなと、思っていてすらもシンドいのが多いけど、そのシンドさよりも楽しさ、楽さ、安心感があるからできてるっていう部分もあると思います。安心を得たいはずなのにそのためにたくさん苦しんだり悲しんだりするのも矛盾してるというか…
 
つづら そうなんですよね。私は自明とされてる規範をうまく内面化できなくて、いちいち「なんで?」って思ってしまうのだと思います。
 
ぎりさん そこらへんはモグラさん(※その日の同じ参加者の方)も同じですよね。ふつうは「なんで?」って思わないからできてることであって問いだすと終わらないというか…
 
つづら そうですね、ちょっと似てるのかなと勝手に親近感を覚えてました(笑)
 
ぎりさん たしかに(笑) 「なんで?」って思うことは多いですか?
 
つづら 多いですね…たぶん自分の性別違和とも関わってくると思うのですが、身体的に女性であること自体には違和感はなくて、どちらかというと女性ジェンダーとしての規範が私にはそぐわないんですよね。規範っていうのは例えば、女性だから身だしなみに気を遣うとか、男性を立てて控えめにするとか、怒らずにこにこしてるとか、そういうのです。
だからといって男性になりたいと思うわけでもないんですが。
 
ぎりさん そこらへんも詳しく知りたいのですが、その「女性ジェンダーとしての規範」というものにつづらさんはどういう思いをお持ちなのでしょうか。
また女性でもそんなに化粧っ気もなく、男勝りで、そんなに愛想よくするのが好きではない、っていタイプもおられますがそういった方たちとはまた違った「生きづらさ」があるってことなのでしょうか。
 
つづら うーん、いわゆる「女性らしさ」「男性らしさ」という規範を否定するつもりはないし、それに沿って生きたい人はそうすればいいけど、それを性別で一律に押し付けないでほしい、という感じですかね。女性が「男性らしく」生きることもその逆も、あるいはどちらとも違う「らしさ」を選択することも、自由にできればいいのにと思います。
 
ぎりさん そうですねぇ…。そういう「○○らしさ」とか「ふつうは…」っていうのが押し付けられるのはシンドいですよね。なんでこんなに女性らしさ、男性らしらってのが狭量な感じでまかり通ってるんですかね。不自由ですよね。
みんな自分とおんなじだ、という安心感がほしいんじゃないかって思ってるんですけど。一人ひとりを見ていないというか。
多数派もしょせん少数派のかたまりであって、少数派も個の集まりであることにかわりはないのに…って、思います。
 
つづら 後者の質問についてです。私がまさに挙げられたようなタイプだと思うのですが(笑)、それでも「女性らしく」という圧力は感じるんですよね。勝手に感じているだけと言われればその通りですが、例えばメディアを見れば「女性らしい」女性で溢れていて、規範から外れていると笑われたり馬鹿にされたりするし、「モテ」に関する言説なんて規範の押しつけの最たるものですよね。規範に沿わないと異性に承認されないぞ、と言われている気がします。なので、もちろん全く規範を気にしない人もいるでしょうけど、多くの人は大なり小なり圧力を感じているのではないでしょうか。
 
ぎりさん わたしはつづらさんを「そういうのをわかった上であえて女性らしく」しているのかな、って勝手に受け取っていました。いや、変な意味でなく「ちゃんと女性らしくしている(しなくちゃいけないと思っている)」って感じてたんです。そういう意味でかどうかはわかりませんがどこか窮屈そうにしている印象は受けました。
それはわたしが勝手に「きちんとしている女性」を「女性らしくしている」と同義で結びつけるような見方を普段からしてしまっているのかもしれません。わたしが(人が)「女性らしさ」をどう思っているかによるんでしょうが。
 
つづら ありがとうございます(笑)。確かに、初対面の人と会う時はある程度女性らしく+愛想よくしているかもしれません。うまく言えないんですが、親しくない人に接するとき、「女性」という記号は便利なんですよね。「女性」の型に自分を嵌めることで話しやすくなるというか。仮面みたいなものかもしれません。
さっき言ったことと矛盾してるかな? 結局私も「女性らしさ」を都合よく使ってるのかもしれませんね。
 
ぎりさん 自分のいいように使う、解釈する、というのは生きやすさの方法として大いにありだと思います。今話してみてわかったのは、わたしは女性らしさを「大和撫子」として考えていますってこと。凛として姿勢や所作が美しいと「女性らしい」って思うみたい。
「かわいい」や「モテ」っていうのも脳に心地いいように感じさせられてるけど、あれもメディアが作った麻薬みたいなもんな気がします。まあ可愛さを好むのは本能的にもあるんだろうけど。
 
つづら 例えば外国では「可愛さ」よりも「セクシーさ」が好まれるなんて話もあるので、文化的な刷り込みも大きいのかもしれませんね。
 
ぎりさん たしかに。日本男児はあんまりああいうのは…。ゲームやアニメの影響もあるかもしれません。
 
つづら 日本ではとにかく女性には「可愛さ」「幼さ」が好まれる傾向にありますよね。支配欲が満たされるのかな、なんて勝手に思ってますけど(笑)
 
ぎりさん それだけ男性が女性を支配したい気持ちが強いってことかな? まあ「むりやり」感はあるなぁ。そうなると女性も「支配されたがってるふりをしたほうが良い」なんて刷り込まれちゃうこともあるのでしょう。よけいに生きづらい。
 
つづら そうですね、乱暴な話ですけど、男性には「支配しろ」という抑圧が、女性には「支配されろ」という抑圧がかかっているような感じがします。
 
ぎりさん それは感じますね。それが自分たちを苦しめる要因になってるんだけどそれをしなきゃしないでおかしい、みたいに思われるしおかしいと思わなきゃいけないような風潮をメディアが作っているというか。
 
 
 
 
【会に参加しての感想と「死にたい気持ち」】
 
 
 
 
ぎりさん それでは改めて、この会に参加した理由と会に参加していたときのつづらさんの気持ちも聞かせていただきたいのですが。
 
つづら 会に参加したのは、たまたまアロマンティックかも?という方とお話する機会があって面白かったので、恋愛感情(がないこと)についてお話してみたいなと思って検索していたら引っかかって、渡りに船という感じでした。
会の間は、恋愛感情について自分の考えていることを話す機会も人の考えてることを聞く機会もほとんどなかったので、ひたすらに興味深かったです。初対面の人に自己開示する緊張感もありましたが、みなさん話し上手で聞き上手だったので、安心して話せました。
 
ぎりさん なるほど〜。ありがとうございます。
そういえば、二次会で死にたい気持ちがあるようなことをおっしゃってたと思うんですが、それについても聞いても良いですか?
 
つづら 実はその話したのあんまり覚えてないんですが(笑)、大丈夫です!
 
ぎりさん お、そうなんですか。あのときも普通にスルーされてたので一応わたしも流したのですが…。
 
つづら 死にたいといっても今のところ具体的に行動を起こすつもりは全くないです。ただたぶん中学生くらいの頃から漠然と「生まれてこなければプラマイゼロだったのに」「死んだら楽になるのに」みたいな気持ちがずっとあって、それがなくなることはたぶんないんだろうな、と思っています。死にたいというより生きていたくない。
死ぬつもりがないのは、家族に迷惑がかかる(悲しませるというのも含めて)からです。なので、もし事故か何かで家族を全員失うことになったら後を追うかもしれないな、とは思います。
 
ぎりさん そういったお気持ちがあるんですね。それは何が理由でそう思う、ということでもないのでしょうか。
 
つづら 具体的に何があるわけではなくて、ただ生きてるのつらいな、という感じですね。他の人と比べて特につらいとかでもなく、たぶんみんなこの程度のことは思ってるんじゃないかな?と思いますが。
 
ぎりさん たしかにみんな大なり小なりあるでしょうね。でもこうしてつづらさんの気持ちを聞けてよかったです。話しづらい事も話していただいてありがとうございました。
 
つづら いえいえ、こちらこそ聞いていただいてありがとうございました。
 
 
 
 
以上が今回の対話の内容でした。
「恋愛感情がない」なんて聞くと「自分とは違う人」っていう考えが浮かぶかもしれませんが、こうして詳しく話を聞いてみると自分と同じような考え・気持ちを抱いていたり、それによって大いに悩んでいたり…ということがわかります。
こうしたやりとりの繰り返しが多数派・少数派や属性といった考え方だけでないグラデーションなつながりができる下地となり、周囲(環境)の変化や個人の孤独、生きづらさの解消になると考えています。
 
興味を持たれた方はぜひ次回の生きづらさ研究会に参加してみてください。