「生きづらさ研究会」主催ぎりさんのブログ

生きづらさコレクターぎりさんのブログです。生きづらさ研究会のテーマ&参加者募集中!

個人的反省と生きづらさ研究会の意義

前回、前々回の記事から続く内容ではありますが。
前回記事で圧倒的な絶望から出るには一人でいないこと、と書きました。その後のことを書きます。
 
生きづらさも一つ一つの要素に着目したら「普通でいなければいけないという同調圧力」であったり「人間関係」であったりと、他者や環境との関わりが出てくるので、そうなると自分ひとりではどうにもできなくてではどうやって他者とうまくやっていくのかを考えていかなければならない。孤立を脱してその時期に来たと感じたら解決を探り始める。ここから先が当事者研究などの得意とする分野となっていくので、まずはそこに至るまでの寄り添い、ですよね。もちろん他者と関わっていく段階でも傾聴や寄り添いは大事です。当事者研究会にがんばって来てはみたけれどまだ圧倒的な孤独感がある、そういう場合ももちろんあるでしょう。
こうしてみると傾聴・寄り添いは話し手の主体性を高める効果があるのでより「個として自分に向き合う」のに有効で、具体的な解決策や対処法を探る段階になると当事者研究のように他者の物語を参照して自分の物語を再構築していく「みんなの力で自分に向き合う」の時期なのだと言えるでしょう。
けっこう直接的に「あなたの生きづらさへの対処法を教えてください」なんて会もいいかもしれませんね。
 
わたしは最近とくに個人の特性、属性にこだわりすぎてそこから広がる「生きづらさ」にまで目が行ってなかった、視野が狭くなっていたように感じます。なんとかしなきゃ、解決しなきゃは専門家の分野なんですよね。当事者研究会の目的はそこじゃあない。同じ属性の人を集めて参加者の安心感、満足感をなんとしてでも上げなきゃって思ってた。そう思うこと自体は間違っていないのですが、それって同じ属性の人じゃないとわかりあえない、話し合えないっていう要は来た人を「信用をしていない」ってことなんですよね。私一人がなんとかしなきゃってなってたらそれはもう完全な身勝手であり、寄り添う会を作るなんてできるはずもありません。
同じような気持ちや体験を話し合い、そこから自分の事を知る、発見する。恋愛感情がなくて困っている人も、恋愛感情のせいで困っている人も素直に話し合うことで共通する「生きづらさ」が浮かび上がる。これこそがみんなで集う理由なんですよね。
ものすごく個人的な生きづらさを抱えた人たちでも、それがみんなで共有できて個の安心、深まりにつながる。それが理想の当事者研究会なのかなって感じます。そういう場作りを目指すのが主催者や運営のとるべき行動なんだと思います。
 
でも私自身はやっぱり「個の深まり」も大事にしていきたいので、会においては「皆のつながりによる個の回復」をイメージして、その前後で「個の深まりによる回復」をサポート的に提案していければな、と思います。二つを無理に一つにするのでなくそれぞれをうまく活用してやっていけたらな、と思います。
 
この「個の思いに対する執着」って、私自身もなんでだろうって思うのでいつか当事者研究してみたいと思います。いろいろやりたいのあるわ〜。