【生きづらさ研究会】参加者の方とチャットしました。その内容と次回のお知らせ【閲覧注意】

こんにちは、生きづらさ研究会主催のぎりさんです。
今回は第一回生きづらさ研究会の参加者であるこばさんに、わたくし主催者ぎりさんが会に出た時の感想やその後の変化などをお聞きしたくてやったチャットの内容を公開します。
これはその後のこばさんのフォローの意味と、じっさいに会に出ることで参加者さんがどのような気持ちを抱くのかとか、その後の変化があるのかを参加者目線で語ってもらおうと思って企画しました。
内容はこばさんが自殺を考えたときの話や、奥さんにDVだと決めつけられて離婚された話に関してとかなり重めなのですが、それらに対するこばさんの気持ちが素直につづられていてこちらにも貴重な、価値のあるお話でした。
今回はご本人の希望でかなりそういったプライベートな内容もそのまま載せています。自殺に関するストレートな表現も出てきますので苦手な方は前半部分は避けてお読みください。
 
同じような生きづらさをかかえている方、こういった話づらいことを受け止めてもらえる場で話してみたい、という方はぜひ参加をお待ちしております。
 
 
先に次回の予告をしておきますと、
 
『第三回生きづらさ研究会 「恋愛感情・恋愛指向について」』
 
《東京都 品川区 上大崎3-5-3 朝日目黒ビジネスマンション貸し会議室》
《定員:8名》
《会費:2000円》
 
「生きづらさ研究会」ホームページ
 
主催者ぎりさんのツイッター
 
となっております。
テーマについてはわたしの前回の記事に詳しく書いてありますのでお読みください。
 
 
 
 
 
【自殺を考えた話。それを防いだ「ウツ」のこと】
 
 
 
こばさん お互い無理しないで行きましょう。俺のほうは仕事面でだいぶ慣れてきたのでちょっと余裕出来ました。心理的もだいぶ前向き慣れてるかなと思ってます。
 
ぎりさん おお、それはよかったですね。前向き、とは。
 
こばさん 言葉にするのは難しいのですが、笑顔になれる時間が増えた気がしますね。
 
ぎりさん へぇ〜、いいですね。笑顔がふえるなんて。
 
こばさん 今までなさ過ぎたんで。たぶん一般の人と比べて0割から5割くらいになったくらいの改善ですよ。それでも大きな改善だと思ってます。
 
ぎりさん おお、それだけの変化があったんですね。その流れもおいおい語っていただけるかな。それではそろそろ、本題にいきますかね。
 
こばさん お願いします。
 
ぎりさん お願いします。それではまた、あらためてお聞きしますけどこばさんがこの「生きづらさ研究会」に参加しようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか。
 
こばさん ぎりさんがショートノートで声かけてくれたんじゃなかったでしたっけ?って思ったんですが、違いますね。ショートノートで声かけてくれたぎりさんのHPを見て参加したんでした。
 
ぎりさん そうでしたね。
 
こばさん きっかけというか、タイミングが良かったんですよね。今いる新潟の田舎の生活に息苦しさを感じていたので、一時でも東京に出たいなーと思ってたんですよね。以前話しましたけど、事業に失敗して健康を損ねて悶々としてた状態から今の社長に拾ってもらって何とか行動できるようになってきたところだったので、自分がどこまで動けるようになったのか確かめる意味もありましたね。その前は本当に家から出ることすらできない期間が二年くらいありましたから。
 
ぎりさん ではお仕事と家で過ごすだけ、の生活を続けていたと。
 
こばさん いえ。仕事自体してなかったです。全部従業員に任せて。支払いとかは家でネット出来るのでやってましたけど、現場には一切出ない幽霊社長やってました(笑)農業法人の社長やってたんですよね。
 
ぎりさん ほほう。それは、そこだけを見ると自分は家にいて現場は自動で動いている、というふうにもとれて一見生きづらさには関係ないようにも見えますが。
 
こばさん 現場が自動的に利益を生んでいる、という状態ではなかったんですよ。現場は次々とトラブルを引き起こして赤字を作り続けています。
 
ぎりさん それは怖い。
 
こばさん 恐ろしいです。少なくとも自分の生命保険と釣り合わない損害にならないうちに何とかしないと、という恐怖がありましたね。でも、何もできない。実際のところは。
 
ぎりさん 自体が取り返しの付かないところまで着々と悪くなっていく、未来に希望がない、というのは非常につらいのではないかと思いますが。
 
こばさん 未来というか今に希望がないんですよねぇ。未来なんて考えられない。体が動けば何とか出来たんでしょうけれど。。。体というか心身ですね。心も体も不可分だな〜って痛感しました。
 
ぎりさん その時期はなにか最悪な事態も考えたりしていたのでしょうか。
 
こばさん 考えるっていうか、どうやって実行するかって考えてましたよ。農薬から青酸作る方法とか(笑)
 
ぎりさん わりとギリギリまでいかれていたんでしょうか。具体的にいつやろう、とか考えましたか?
 
こばさん 考えたことは何度もあって、よく生きてるなーって思います。でも、ウツだったから死なずに済んだんですよ。ウツも極まると死ぬことすらできないのです。ベットから起き上がれない人間にロープくくったり毒を作ったりはできない。ロープをアマゾンで勝って封を開けるまでに2か月くらいかかりましたから。時間の概念が吹き飛んでるんですよね。首にかかるまでにさらに2か月くらい。
 
ぎりさん 首にかけるところまでいったんですね。
 
こばさん いきましたねぇ。よく生きてんなぁ。
 
ぎりさん そうですねぇ。よかったです。回復のきっかけはなにかあったんですか?
 
こばさん 正直回復したとは思ってないんで、きっかけと言われてもちょっと困る(笑)なんというか、今は比較的楽なんですけれど、これが平常運転というふうに信用はしてないんですよね。
 
ぎりさん と、いいますと。
 
こばさん 取引先の社長に拾ってもらう形で農業とは別の職場にいるんですけれど、そこでは全くの新人で責任もないからある程度重荷は降ろせてると思うんですよ。ただずっとこのままでいいとは思わないですし、今も赤字を続けている自分の事業がなくなったわけじゃないのです。ここで力をためていつかこのモンスターをやっつけなきゃいけないとは思ってるんですよ。そのときにまた同じようになるんだろうな。って思いはどこかにあります。いまは人生の長い夏休みみたいな感じで。
 
ぎりさん ふむむ〜。けっきょくこの原因がなくならないと、完全には休まらない、という感じなのでしょうか。
 
こばさん まぁ、そうなんです。最後は社長なんで責任取らないと。それをやり切れる自信がないので、信用できない、というわけなんです。自分に対しての信用。
 
ぎりさん 自分への信用がないから、きっとまたひどくなるんだろうな…というお気持ちがあるんですか。
 
こばさん 確信に近い意味で無理だ!!と思ってます(笑)でも、今は人に頼ることを覚えたので、うまく人に助けてもらえればできるかもしれない(五分五分)みたいな感じです。
 
ぎりさん なるほど、自力ではここまでしかできない、って思えたら誰かに頼ることを覚えて、そこからすこし未来を考えられるようになった、という感じでしょうか。
 
ばさん そうですね。ただ前向きになっているというか行動力が戻ってきたことってプラスとは言い切れない部分もあるんですよ。
 
ぎりさん 生きづらさを覚えたら、どうやったがんばるかを考えるだけでなく、どうやったら(ある程度)重荷をおろせるか、ということも考えられたら良いかもしれませんね。プラスとは言い切れない…とは…?
 
こばさん ヒント>もう寝た切りじゃない。分かります?
 
ぎりさん 寝たきりだとある程度許されていたことも、動けることによってやらなきゃならない立場にもどった(そう期待されている)、ということでしょうか。
 
こばさん いえ、前に書いたことの裏返しです。ウツが極まると死ぬこともできない>ウツが戻ると死ぬこともできるかもしれない
 
ぎりさん おー、そこですか!
 
こばさん ええ。今ならできるかもしれないって思うときがあって怖いんです。
 
ぎりさん 「死ぬ」の選択肢がまた戻ってきたと。
 
こばさん 選択肢というか可能性ですよね。
 
ぎりさん 自分で選ぶというより、そうなってしまうかもしれない、ということですか?
 
こばさん ウツという形で手足を縛られてたからしないで済んだ、というのが実感なんですよ。特に今は自分の未来を人任せにしているので、その人がそっぽを向いたときに自分に行動力が残っていたら死んでしまうんだろうなぁって。
 
ぎりさん それは、自分に自信がない、というのとつながっているのでしょうか。自らだけでは死を退けられない、と。
 
こばさん 自殺のことを自死っていう言い方する人いるじゃないですか。あれ、俺だいっきらいなんですよ。
 
ぎりさん と、いいますと。
 
こばさん 自死っていうとなんか知らんうちに死んでた、みたいな感じしません?
 
ぎりさん ふむ〜。
 
こばさん やっぱり自殺は殺人なんですよ。その現実をマイルドに表現しちゃいけない気がするんですよね。自分から自分を殺してでも得たい何かが、伝えたい何かが、有ったんだと思うんです。その思いに蓋をしてしまったら、死んでも死にきれないじゃないですか。
 
ぎりさん それだけの思いを、死に込める、ということですか。
 
こばさん 思いというか意味ですね。人生に意味を与えたいと思てるはずなんですよ。自殺する人だって。自殺は確かにむごいことですけれど、人間誰でも死ぬんですよ。人間に限らず、どんな生き物でも。事故とか病気とか自分じゃどうしようもない死に方する人もいるわけで、見方によってはそういう方が悲惨だと思うんですよね。悲惨というか無念といったらいいのか。
そう思うのはきっと自分が自殺遺族でもあるからなんですよね。
 
ぎりさん そのつながりがあるから、そういう風に考える、という感覚があるのでしょうか。
 
こばさん 私の祖父と姪が自殺でなくなってるんです。彼らを救うことができなかったんなら、せめて思いくらいは汲んでやりたいじゃないですか。
 
ぎりさん そういった強い思いが、こばさんにあるんですね。
 
こばさん ありますねぇ。で、その構図が自分自身へと反転してるんですよ。俺が自殺したとして誰か思いを汲んでくれる奴がいるのかなと。
んで、いねぇなとなって、死ぬのがバカらしくなったというのは実のところあります(笑)
笑えないジョークすぎますな。
つまるところ、今の私って夢や希望で生かされてんじゃなくて、「ウツ」と「絶望」で生き延びてるんですね。下手に前向きだったら今頃死んでたかも。
 
ぎりさん そういう「最悪」を持つ、保持することで生きることができるってこと、あるんですよね。すごい前向きな人も、死んじゃいますからね。
 
こばさん ええ。うちのじいちゃんはすごい明るい人間でしたよ。じいちゃんの死の意味は今でも考えます。絶望だったのか「もうここら辺でいいか」っていう満足だったのか、どっちか分からないのです。
 
ぎりさん わからないから、考えちゃうんですよね。
 
こばさん 考えても答えは出ないんですけれどね。
 
 
 
 
【離婚した妻にDVだといわれて。そして「生きづらさ研究会」で話したことの変化】
 
 
 
 
ぎりさん あー、この部分もやっぱりまだまだ積もってたんですね、や、私は会でお話されていたもう一つの思いが強いんじゃないかと思ってその話もされると思っていたので…
 
こばさん ああ、離婚の話ですか?
 
ぎりさん そうです、そこの部分の生きづらさは、どうなんでしょう。そこのところは変化があったりするんでしょうか。
 
こばさん 今はすごく楽です。あの会のおかげです。本当にありがたい経験でした。
 
ぎりさん どんなふうに変わったのでしょうか。
 
こばさん まえショートノートに書きましたが、楽しい思い出とか思い出せるようになってきました。以前は思い出せなかったし、たとえ思い出せても痛くて痛くてとても手に負えなかった。
 
ぎりさん 話したから、なんですかね。
 
こばさん たぶんそうだと思います。DV云々の話があったじゃないですか。DV夫と言われたことがかなり自分の中で大きい傷だったのですが、あの会で色々言ってもらったことで客観視できるようになった気がします。
 
ぎりさん そこの部分が気になってまして。あの会でも私やもうお一方が「それはこばさんの主観であって…」みたいな今までこばさんが受けてきた同様の言葉や態度を出してしまった感があるんですが、そこで傷つきはしませんでしたか?
 
こばさん まぁ、そこは予想通りだったのはありますし。今は考えると単純に共感してもらえなかったからこそよかった気がしますね。
 
ぎりさん へえー、共感が大事、と思っていたので意外な言葉が聞けました。
 
こばさん ちゃんと反論してもらえたことで私も再反論出来たじゃないですか。あれで深いところを言語化できた気がするんですよ。
 
ぎりさん なるほど…今までこばさんが受けてきた「反論」とは、なにが違っていたんでしょうかね。
 
こばさん 頭ごなしの感情論ですかねぇ。あと自分じゃない誰かへの憎悪とか。そういうものには私の事情とか入る余地がないじゃないですか。
ちゃんと自分の事情を聴いて貰えるなら反論してもらえても悪感情はそこまでわかないかな。
 
ぎりさん なるほど…そのお言葉、わたしたち(生きづらさ研究会)にとってもありがたい、というか。逆に言えばちゃんと聞くことをしないとやっぱり反論はイヤだ、と
 
こばさん 反論というかちゃんと対話してほしいのですよね。どっちが悪いとかじゃなくてこっちにも事情があるんだよ、ってことです。そのうえでこっちが悪いならちゃんと罰も受け入れられるのに。
参加者の方の経験談で、「単純に嫌われたんだ」って言ってた言葉が印象的で。それを聞いて「ああ、俺も単純に嫌われてたんだな。DVだとかなんとかは口実に過ぎなくて単純に嫌われたんだ。」って思うとなんか落ちるものがあったんですよね。
 
ぎりさん なるほど…他者の経験談を聞くことで、自分にも腑に落ちる部分があったんですね。そういった…ある種受け入れがたいものもこういったことで受け入れやすくなるものなんですね。
 
こばさん 今思うとホントバカすぎるんですけど、どこかにまだ嫌われてるわけじゃないって思う部分があったんですよ。そこを一刀両断してもらって自分の中で抱えてた彼女の行動の??に明快に答えが出たんですよ。そりゃ嫌いならそうするわって。
 
ぎりさん ずいぶんハッキリと受け入れられた、というかすでにこばさんの中でもそういった考えはあったんでしょうかね?
 
こばさん なんというか。よく分からなかったんだと思いますよ。好きなのか嫌いなのか。嫌いって言っても少しは愛着あるだろうとか。今まで全幅を置いていた相手の愛情が分からなくなってそのまま離婚して答えが出なかったのが苦しかったのだと思います。
 
ぎりさん なるほどねぇ…こばさんの中では、ある程度はこの件に関しては落ち着いたのでしょうか。
 
こばさん ええ、もう終わりにしましたね。ただその終わらせ方も「消せない思いとずっと付き合っていく」という形でしたけど。
 
ぎりさん なんか…かっこいい(笑)
 
こばさん カッコよくはないです。情けない。ほんとに。
 
ぎりさん いやいや、情けないのが、かっこいいんです(笑)
 
こばさん 情けないのは否定しないのかー!(笑)
 
ぎりさん 男の情けなさが、男の強さです(笑)強いな、と思いますね。
 
こばさん そうなんですかねー。そう思うことにしますか。
 
 
 
 
と、いうわけで今回の話し合いは終わりました。
今後も参加者さんの許可が出れば会の中だけでなくこうして公の場で、どういった事が行われているのか、どういった変化があるのかを目に見える形でお伝えしていければと思います。
これを読んで少しでも会に興味をもたれたかたは、どうぞホームページやブログをご覧ください。
ではでは。