「生きづらさ研究会」主催ぎりさんのブログ

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自殺相談をされた時の対応、そして「目の前の相手と向き合う」ということ

お悩み相談サイトで友人の自殺の相談を受けた人が、その時の自身の対応について投稿をしていました。
投稿者は友人に自殺の相談をされ、電話越しに必死になって「死んでほしくない」「お願いだから」ということを訴え続けたそうです。それで一旦は取りやめてくれたということになったのですが、その時の自分の行動について「どうすればよかったのか」「どうするのが正解だったのか」を聞きたい、という投稿でした。
 
びっくりしただろうと思います。怖かったろうと思います。今話している相手が自分の言葉で死ぬかもしれないし、もしかしたら相談者の最期の言葉になるのかもしれない。色々な想いがあり混乱もしていたかもしれません。それでも必死になって死なないで、という自分の想いを伝えた。
すごくがんばったよね、たいへんだったよねとこの投稿者さんには声をかけてあげたいです。
 
それでも投稿者さんはこうして匿名のサイトに「これでよかったのだろうか」という疑念をぶつけてきました。
きっと会話が終わった後にもモヤモヤがすごく残っていたからでしょう。こうした自殺相談で話し終わった後で相手が「よし、元気が出た!自殺したいなんてもう二度と言わないよ!ゴメンね!」なんてポジティブな答えが返って終わるなんてことまず間違いなくないですからね(むしろ逆に怖い)。
 
自殺対応において「死んではいけないと感情的になったり説得しようとする」ことはNGの部類に入ります。
「自分の気持を伝える」ということは必要なのでこの投稿者さんのやりとりにそういうニュアンスがあったのならいいのですが、相手の気持ちを無視した一方的な感情や、〜してはいけないの押し付けは相談者の気持ちをよけいに苦しめることになります。
 
まずは相手の話を聞くこと、共感し受け入れること。それが大事です。
 
「自殺 対応」で検索すれば厚生労働省文部科学省の自殺対策マニュアルが読めますので参考にしていただきたいのですが、たいていは「自分の気持ちを伝える」「傾聴する」「死にたい気持ちを尋ねる」「安全を確保し、その後の援助につなげる」というようなことが書かれています。
目の前のひとがいまどういう気持ちでいるのかを聞き、死にたい気持ちにまずは寄り添うということですね。それを無視して死んではいけない、そんなことをしてダメだということばかり言っても相手は「じゃあ私のこの、最後の拠り所である死にたいという気持ちはどうすればいいの?」という気持ちになります。余計に絶望を深めてしまいます。まずは相手の気持を聞いて受け入れてからでないとその先なんて考える余裕ありません。
 
そして、相手の自殺の本気度を確かめるための「死にたい気持ちを尋ねる」です。
自殺という言葉か怖くて、相手を刺激したく泣けてこういう場合あえてそういった話題から遠ざかろうとする人もいますが、それだと相手は自分の死にたいという気持ちを無視されたという感覚になります。いくら言葉を紡いだところで全然気持ちは深まっていかないんですよね。
あえて「死にたいというのは自殺をしたいということなのか、そうならばいつ、どうやって実行しよういうことまで考えているのか」と踏み込むことが大事です。もちろん話の流れで自然にです。気持ちをより深めるための問いですから。
そこで初めて、相談者も自分の死にたい気持ちに冷静に向き合えることになります。
 
 
 
 
今回わたしがこのブログを書いたのは自殺相談をされた時の対応を知ってもらいたいというのもあるんですが、いかに私たちは会話をしている時相手の気持ちを無視して話してしまっているか、についても述べたかったからです。
この投稿者がこうやって相談サイトに投稿したということは周りにこういうことを相談できなかったからです。自分の不安な気持ちをぶつける場がない。自分がやってしまったことに対して誰かに受け止めてほしかったからでしょう。他者の命を背負うというプレッシャーや責任を少しでも減らして「あなたはよくやった」と言ってほしかったかもしれません。もちろん、労ってほしいよね。
なのでその気持ちを受け止めた、伝わったよということを書いて終わりにしたかったのですがたいていの相談サイトって回答に対して答えを書いて終わりで、その後何度もやりとりをするようには(そういう作りのサイトを除いて)なっていないので、どうしても「気持ちを聞いたこと」+「今後の対策」を一緒に書かないといけなくなって。なのでちゃんと気持ちを聞いてあげられたかな、という不満足感が私にもありまして。
 
あの時の対応はどうだったのかな、と不安になっていたら「大丈夫だよ、がんばったよ」と言ってもらいたじゃないですか、まずは。そこの受容がないとその後いくら今後の対策とかこうすべきだということを言ったところで「あの時の自分」をまず自分で受け止めていなかったのなら、聞く状態にはならないです。
説得や説教、アドバイスをするときはまずそのまえに相手のことを聞く、受容することがあってから初めて移行していけるフェーズなんだって認識を持つのが大事なんです。
 
よく使われる言い回しで、女性が悩み相談したら男性が解決策ばかりで共感してくれなかった、ってあるじゃないですか。
解決策を出すのが悪いことではなくて、まず相手の気持ち、訴えをしっかり聞いて受け止めるということをしていないからこういうズレになるんです。
ネット上のやりとりで特によく見るのが、そんなことを言いたいわけじゃないのに「それだと○○ということにならないですか?!」みたいに噛み付いている場面。相手の気持、伝えたいことを無視して自分の解釈だけでとらえてしまっている。それだと世のすべてが敵対意見として認識可能ですよ。みんな自分のことを伝えるのに必死で相手の気持ちを受け止めようとしていない、対話をしようとしていないんです。
 
とりあえずネット上でケンカしている人たちは相手と対話する場と時間をとれよ…思うのですがお互い言いたいことを言い合うだけで「わたしはこう受け取ったのですが、どうでしょう?」という確認を怠り、自己解釈で話を進めてしまっている。
「こいつは話が通じない」と怒る前に「自分はどれだけ相手の言っていることを理解しているか」を自分に問わないといけない。
 
 
投稿者の気持ちには寄り添える。でもその人に自殺したいと言ってきた相談者の気持ちには、われわれ部外者は寄り添えないんですよね。
相談者の気持ちはそこに一言も書かれていないし、そこに相談者はいないのだから。
 
われわれはついついその場にいない人の気持をわかった気になって代弁してしまう。
 
「遅刻して怒られた、ムカつく」と相談され「遅刻されたものの気持ちにもなれ」と思うから説得や説教になる。その場にいない相手のことを考える前に、まず目の前にいる人の気持ちを受け止める。そこから、まずはそこからです。
 
 
投稿者は、あの時の自分を受け止められただろうか。
 
周りに助けてくれる人はいるのだろうか。
 
自殺を求める相談者同様、投稿者/支援者にも支える人間が必要だ。