カフェの魅力、そして生きづらさとの自分なりの向き合い方を語ったトークイベントに行ってきた話

 

昨夜『カフェイン・ガール』という実在のカフェを紹介する本の作者である飯塚めりさんと、聞き手役であるライターの餅井アンナさんのトークイベントに行ってまいりました。

 

  

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もともとは餅井さんがネットで書かれていた生きづらさを語る文を読んでツイッターのフォローをしていたので、そこで今回のイベントを知ったんですよね。わたし自身『生きづらさ研究会』の主催として、「この人も相当な生きづらさを抱えている!」と思ってフォローしてたんです…が!
この『カフェイン・ガール』を読んだらかわいらしいキャラやすてきなスイーツの描写とは裏腹に、生きづらい現実との向き合い方・逃げ方が水面下を占めていて、「この人もキテるな!」と思ってソッコーでイベントに申し込みました。
 
で、昨日の【喫茶逃避術ナイト】と題されたイベントの中身はというと、「カフェを使っていかに人生の生きづらさと向き合うか、逃げるか、ゆるめるか」みたいな話に終止してて、どこそこのカフェの何々がいいみたいな話は概ねそのテーマの中で箱のすき間を埋める金平糖ような扱いで、ちょっと普通のグルメ本紹介とは違った趣向のトークでした。
 
わたし自身カフェが好きで、昔はよく渋谷であちこち行ってたんです。自分にとってカフェとは「自分に還れる場所」って思ってるんですよね。仕事している自分、ボランティアしている時の自分、家で家事したりネットしてたりしている時の自分とは違う、自分という素の存在に向き合う場所として活用しています。昔は美味しいスイーツやご飯を求めてあちこち行ってたのに、今じゃもうほぼコメダ珈琲オンリーですわ…。
それでもカフェの持つ魅力…映える場所で甘いモノを食べた時の脳内がグジュグジュに滴る感じとか、ホスピタリティの高い接客(私はカフェ店員とか属性に染まった人の人間性をあえて見出すのが好き)とか、匿名性になれる空気感が大好きなので、お二人の語るカフェの魅力も十分わかるし楽しかった…のですが、どうしてもカフェを通して語るお二人の「生きづらさ」がもう、あふれ出ちゃって気になって。それが面白いというか、愛おしいというか。
 
餅井さんの虚弱かつ生きるエネルギーが足りてない感をまんま感じさせる佇まいの中にも、自分なりの向き合い方…自虐的な中にも激しさを持つツッコミのパワー…最近の強さを持った若者の象徴のような言動に、なんか弱い自分にあれやこれやで、でもしっかり向き合う勇気を持った人だな…とか思いました。欲望の容量は小さいけど決して満たされはしない貪欲さがありそうな…!
かたや飯塚さんの強い愛を宿した瞳、とにかく「愛憎が深い」パワーを感じる。凄みがある。なんか描かれているキャラが可愛く、ちょっと引っ込み思案でおとなしめ、な感じなんだけど強くこっちに“痕”を残すような「恐ろしさ、真剣味」がご本人にもあって…ま、あくまでわたし自身の感じたイメージですが…
 
とにかくもう、お二人のキャラが濃いというか魅せられてしまったので、ファンになってしまいましたわ。ていうか行く前からハマる予感は大だったんですが。
お二人は自分の生きづらさの中から自分の人生を乗り切るための答えの一つであるカフェを語っているからこんなにも強さを感じるんだな、と思いました。今回はカフェを使っての生きづらさライフハック(逃避術)でしたが、べつのものを使っての術も知りたいな〜、なんて思いました。
もちろんカフェそのものについても、私もお二人も、伝えていけたらいいなと思います。
 
なんか生きづらさを語っている人の話を聞くと、楽しい気持ちだったり、勇気がわいてくるんですよね。
 
 

 

カフェイン・ガール (リュエルコミクス)

カフェイン・ガール (リュエルコミクス)

 

 

 

 
 
そんなこんなでここからは余談ですが、わたし自身も「生きづらさ研究会」とはまた別に「生きやすさ研究会」もやりたいなぁと考えておりまして。
次回の第三回の生きづらさ研究会を終えた後に、同じように会議室でホワイトボードを使って「自分の生きやすさにつながったもの」を語ってもらい研究することで新たな気づきと、もしかしたら今のつらさからの回復をもたらすかもしれない、そんな会を企画しております。
好きなものは…毎回テーマとして発表します。
今回みたいなカフェ…であれば「居場所」とか。「マンガ」や「小説」「アニメ」「ゲーム」「アイドル」とかはもちろん「食べ物」「歴代の恋人」「歴史上の人物」「仕事」「ブランド」んー、いっぱいあるよね。
大事なのはその要素をとりだして、どうして自分の好きや生きやすさ、癒しにつながっているのかを考えるということ。自分助けになったものをあらためて自分の物語として語り直す。やってることは「生きづらさ研究会」と同じです。
 
そんなようなことをね、考えています。