「生きづらさ研究会」主催ぎりさんのブログ

生きづらさコレクターぎりさんのブログです。生きづらさ研究会のテーマ&参加者募集中!

あるメンヘラさんのつづった思いと、それについて感じたこと。

ツイッター上で知り合ったあるメンヘラさんのブログでいろいろと感銘を受けたので許可を得てその中身をお伝えしたいと思います。

 

menherarunrun.hatenablog.jp

 

 

“相手の病気を理解したいと思ったとき知識はいらないと思うんだよ”
 
 
このタイトル通り、相手の気持ちを理解しようとする時って知識とか、あと先入観とか一般例とか、「なんとかしてあげよう」っていう聞き手側のエゴなどの余計なものはない方がいいんですよね。これは今わたしがやっている傾聴ボランティアにも通ずるものがあり、「生きづらさ研究会」において皆さんにお願いしたい約束事なんです。
 
つらい気持ちを人に言えない時というのは、聞き手の知識による先回りやわかったつもりにジャマされて話を聞いてくれないから、という場合も多いんです。
説教や自己否定されるような聞き方をされ続けたら誰だって自己肯定感なんて育ちませんし、話したいとも思いませんよね。
 
興味を持ったから知識を得ようともしているわけで、その興味・関心をきちんとこちらにも向けてほしいんです。
 
これはメンヘラだけでなくみんながそうだと思います。ただ、この“悩みを持つ人に「話させる」という気持ちで向き合ってみる”というのも、ものすごく難しいことではあります。
わたしも傾聴ボランティアとしてまだ日が浅いのですがこの「ただ聞く」っていうの、メチャクチャむずかしいんですよね。多少の技術もいるし、心の寄りそいも必要だし、なにより「真剣に相手の気持になって聞くには自分とも真剣に向き合わないと聞けない」んです。
ちょっとでも自分の心に嘘をついた言葉を発すれば相手もそれを敏感に感じます。心が弱っている時ほど他者の反応に敏感になっていますから。普通の人にとっては励ましの言葉でもそこに含まれるちょっとした言い方でそれが自分への無理解や批判、嘲りや見放しの行為として受け止めてしまうんです。
 
ゼロ状態で話を聞いて、素直な反応を心がける。
 
これが大事です。それがきっかけで「自分は病気なんだ」と気づけるからです。わたしも傾聴ボランティアをやっているとよく聞くんです、「やっぱり病院に行ってみたほうがいいんでしょうかね」って。わたしがそうしろ、といったわけでもないのに。ご自身のことを話されているだけでそこに自力で気づくんです。自分はとても疲れている、心が乱れているって。
 
今回もこうして素直な気持ちを話してもらった(書いてもらった)からいろいろとわかったことがありますし、やっぱり素直に話し合うこと、聞くことって大事なんですよね。
メンヘラで話しにくい、話すのが苦手って人もきちんと話を聞ける場と聞き手がいれば話せると思うんです。
もちろんすぐに全部を話すのはつらいでしょうけどね。
時間なり、信頼関係の構築が必要ですから。
 
 
 
そういう場を提供するっていう意味でも、今わたしがやっている『生きづらさ研究会』がその役割を果たせる場にしたいという願いがあります。
 
メンヘラって、ちょっと他人との壁を作ったり寄ってこないでオーラをだしている感じも受けたりするんだけど、こうしてじっさい「話を聞いてほしい」って言われるの、こっちとしてもすごく安心するんですよね。なのでこちらのメンヘラさんのブログを読めたことはわたし自身にとってもうれしいことでした。
でもこの「距離のつめ方」っていうのも大事な話で、闇雲に近寄ってってもダメなんですよね。見守れる距離、ってのが良いようなんですが。あー、これがまた難しいんですよね。うーん。
 
そうだ、今後の生きづらさ研究会のテーマで『他人とのちょうどよい距離感を見つけよう』ってのもいいかもしれないですね。
 
いろいろと思うことは多いですが、色んな人の話を聞けるのはありがたいですし、どんどん話してほしいなって思います。そのための場を、聞く姿勢を、できるだけ整えて向き合っていきたいですね。