「生きづらさ研究会」主催ぎりさんのブログ

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生きづらさ研究会 第一回 「復縁について」 報告レポート

つらい話、しんどい話、誰にも話せない話。それらを安心して出せる場があったらいいな、と思ってこの会を起ち上げました。
「やっぱりしんどいな、思い出しちゃったな」「解決方法が見つからないな」「ちょっとスッキリしたかな?」
もちろん簡単に生きづらさがなくなるわけではありませんよね、だからこんなに苦しいんです。
でもここに来てみんなで共有した時間はとても貴重で意義のあるものだったと感じてもらえると、私には思えた会でした。。
初対面の人が集まっている上に語られる話の内容も重くて、途中「うーん」とうなってしまう場面もありましたけど、それでもやっぱり、なんだかんだで楽しかったと思えたんですよね。
なんでそんな気分になったかを、これからお話していきますね。
 
 
 
【色んな人が参加してこそ、環境が変わる】
 
 
今回五反田で開かれた私が主催の「生きづらさ研究会」、第一回目のテーマは「復縁について」でした。最大8名の定員で募集して参加者は男性2名、私とお手伝いしてくれる書記の女性と合わせて4名の会でした。
「行けたら行きます」「興味はあります」というお言葉も多くいただきました。テーマが「復縁について」だったので「復縁したいというわけでもないのですが…」という方も多く、当事者意識を持ちにくいものだったかもしれません。
ただテーマの選択で「自分のことだ、行きたい!」って思ってもらうことも大事ですが、今回やってみて気づいたのは「どんなテーマであれ省みるのは自分の事だし、その生きづらさの根本は色々な要素のつながりである」ということです。
自分が感じる生きづらさの原因はなんなのか、自分がどう思っているのか、どう対処してきたのか、そこに気づいていくのがこの生きづらさ研究会(と元になった当事者研究会)の意義の一つでもあります。「テーマが合えば行きたい、テーマが合わないから今回はパス」でもいいんですけど、きっとどんなテーマでもかすかな引っ掛かりや意外な発見から自分の生きづらさに対する発見ができると感じました。
 
むしろよく理解できないテーマにも積極的に参加してほしいと思ってるんですよね。いろんな属性から離れてあなた自身で向き合ってほしいから。「男が…女が…学校が…会社が…社会が…」って大きな主語で代弁をするのではなく、あなた自身の言葉であなた自身の苦労を語って欲しいのです。
たとえば「自傷について」がテーマだったら「自傷している人」も当然ですが「自傷している人の気持ちがまったくわからない」「やめさせなきゃと思っている」「とにかくなんとかしたいけどどうしたらいいかわからない」というようにいろんなグラデーションの人が集まることで、はじめて当事者とその環境が変わっていきます。この会はお互いを尊重して共感を持って安心して話をしたり聞いたりする場ですが、同時に違和感や理解できないと表明することが大事です。同質同士で共感、安心するだけの場ではなく異質を知る・研究することで理解を深め、生きづらい環境を変えていく場でもあります。
少しでもテーマに興味がある人、自分はそこまでじゃないな、と思っている人も立派に「当事者」なので怖れず参加してみてください。
 
 
 
【よく知らない人同士だからこそ話せる】
 
 
会の話に戻ります。
最初に自己紹介をして、約束事の確認をした後最初の1時間でまずそれぞれの体験を語っていきます。これがまあ、重い話でねぇ。よくお二人とも勇気を持って話してくたと思います。これはもちろん近すぎない距離感の、何度も頻繁に顔を合わすような相手じゃないからこそ話せたというのもあるんですよね。
私は常々「いろんな距離感の人に話す、依存先を増やす」ということが大事だと思っていまして。自分のつらい話はためこまず特定の人だけに集中せずに出していく、これが必要です。特に男性はプライドなのかなんなのか、小出しにもしないし言わないし他者に頼らない(頼るところがない)のでひたすらためにためてしまう傾向があるようで、こういう会の必要性を強く感じます。
今回は参加したお二人がひじょうにしっかりとテンポよくお話してくれたので私は聞くことに身を任せられたので、そこはすごく良かったんじゃないかなって思います。結論や解決を出さなきゃ、となるとお互い苦しくなっちゃうんですよ。まずはしっかりと語ってもらうことが大事です。
もちろん皆が考えて黙る時間やうまくつながらない時間もありましたが、それはそれで必要な時間であり、それでもこの独特のグルーブ感というのは参加して実際に体感してみないとわからないものですね。「言いづらいことを話す」っていうのはなかなか簡単なことではないですが、それが言えて外に出た時の気持ちよさがあるんです。受け止めてもらい、気付きがあり、それが変化をうながす。それが回復への道になるかもしれません。
 
 
 

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で、じっさいに話を終えてのホワイトボードがこちら。出てきた中でカギとなる要素を外に出していくんですけど、書記も私も慣れてないので話されてること全部書かれちゃってゴチャゴチャしてすごく見づらくなってしまいました。書き出して整理・研究するのも会の大事な目的ですのでここはもっと精度を上げていきたいですね。
見れば分かるんですが復縁と関係ないものも多いという。でも復縁から出てきたワードたちなんですよね。
 
  
 
【話の聞き方が大事】
 
 
この時点での一番の皆の共感ワードは『勝手な完結(オチ)には腹が立つ!』ですかね。他人につらい話をしても勝手にオチをつけられると「こいつ聞いてねーな、わかってねーな」ってなっちゃってもう話もしたくなくなるし、受け止めてもらえていないと感じると「やっぱりこんなことをした自分が悪いんだ」になっちゃいますからね。話し手が人に話して自分を卑下するような気持ちになった場合、それは話し手の問題ではなくうまく聞けない聞き手の問題でもあると考えているので、このへんは私ももっと「傾聴の技術」というのも広めていきたいなと思っています。
ちゃんと聞いてもらえてるな、と思うと人は安心します。アドバイスしたり解決策を言ってあげることが良い聞き手ではなく、相手の気持ちによりそえることが大事なんです。安心があることで人は初めて本心を語ることができます。安心は信頼につながり、信頼があれば違う意見を言い合っても歩み寄りが生まれます。良き関係を築けていないのにお互いの意見を通そうとしてら、たとえそれが正論であっても受け止めてもらえません。
否定や説得をされずに聞いてもらえる場、安心してつらい気持ちを話せる場としての役割もこの会は担っています。「私のこんな話を聞かせてしまって周りの人は迷惑なんじゃないか」「私の気持ちなんで誰も分かってくれない」「自分のつらさなんて周りの人に比べたらたいしたことない」なんて思っている人たちが集まる。参加者は話し手であると同時に聞き手でもあります。しっかりと話すことが自分助けになり、しっかりと聞けることが人を助けることになります。
生きづらさを減らすために社会保険制度や福祉事業を充実させることは大事なことですが、自分で自分を助け、お互いを助けるやり方も同様に役立つものです。そのためのつながりをこの会で作っていけたらいいな、と思います。
 
…あとは「理想とのギャップが生きづらさにつながる」っていうワードも気になりましたね。「人はこうあらねばならない」「社会や家族とはこういうものである」っていう常識(という理想像)が生きづらさにつながるっていう。次回のテーマはこちらを組み込もうと思います。
 
 
 
【コミュニケーションの方法とか、キャラ作りとか】 
 
 
で、休憩をはさんで後半はボードに書かれた要素を研究していくのですが…
んー、写真撮ったんだけどこれは貼らずにおきますね。個人的な部分も多いし、とにかく書きすぎた。
なんか復縁についてというよりは「どうしたらこういった生きづらい気持ちを聞いてもらえるか」っていう話が多かったですね。
私は「ユーモア」ってスゴイなって思うんです。お笑い芸人さんみたいにつらい出来事を笑いに昇華して話せたらいいだろうなって。それを言ったら他の方に「あれは技術があるからできることなんですよ」って言われてなるほどね、ってなりました。
まあ私もつらい出来事を話す時はちょと盛ったりして楽しさと自己憐憫と哀愁を漂わせて話すけど、相手が逆にそれをイジってきたらメッチャ腹立つんですけど(笑)。
あとこっちが楽しそうに話しても相手がそんなに反応してくらなかったら怖いのでやっぱりできない、みたいな事言われてうーん、やっぱりみんな相手の反応が気になるのかなって。私自分が話すことに相手の反応って気にしないんですよね。気にしたらメッチャ生きづらくないですか?私は多分、自己完結してたら自分の話なんてどうとらえてもらってもかまわないって思ってるフシがあるんです。こういう考え方ができるとわりと楽なのかも。
んー、今後【他人が気になりすぎる】っていうテーマもやりたいな。
 
あと気になる話題で「自分が良かれと思ってしたことが相手にとっては一般的にはゆるされないもの(加害的なもの)だと判定されてしまい、傷ついてしまった」「そのことを他人に話しても理解してもらえないし結局自分が悪いのか、と自虐的な気持ちになって苦しい」というものがありまして。
その話を聞いてて、私ももう一人の人も当人の気持ちよりも相手側、被害者側の気持ちになってしまって「あなたにも悪い部分が…」っていう流れになってしまって。これはホントに良くない聞き方で今すごく反省しています。
じっさい起こったことが何だったのかなんて当人同士でしかわからないしここはそれを断罪する場でも裁く場でもないんですよね、ここは。他の聞き手が、いやそれを言ったら当事者以外がその場にいない人の気持ちを代弁して、さらにはそれをふりかざして相手を責める、戒めるなんてことできないんですよね。ただそういう事があったという事実と、当人の気持ちを聞くことだけしかできません。
ツイッターとか見てても、最近みんな【属性の代弁者】になりすぎてるよね。
今後参加する人も、ここに来れば裁かれる、責められる、同情してくれる(同情は上から目線であり共感とは違います)なんてことで恐れたり期待したりする必要はありません。あなたがやったこと、あなたがしたいと思っていることは誰にも奪えないあなたの権利です。そのうえで、聞き手は素直な気持ちを伝えていくだけです。
 
あと最後に「キャラ作り」の話にもなったなー。キャラを作ることが生きやすさにつながることあるよね。でもキャラ作り過ぎちゃうとそれはそれでヤバい。キャラ作りして、それをどこまでも作り倒している、完全に乗っかっちゃってる人最強、だけど嫌い、みたいな話にもなったな。んー、気になる。
属性の代弁者になったりキャラ作りで自分を固めたりして「本当の自分」は疎かになっているのか、使い方の問題なのか…。
 
 
 
そんなこんなであっという間に3時間がたって、最後はバタバタとアンケートを書いてもらって部屋を元通りにしてお開きとなりました。参加者の方に「周りの人にとても言えないような話ができたことで、なんかちょっと自分の中で整理がついた感じがします」って言ってもらえたのがすごく嬉しかったです。
その後書記さん以外は近くのファミレスに行ってそこでまた二時間話してたんだけどね。どんだけ話すんだっていう。男同士が集まって趣味でも仕事でもない話を中心に話し続けるってあまりないんじゃないかな? 
なんでもない雑談の中にも生きづらさの話がどんどん出てきて、話は尽きなかったですね。
 
 
 
今回初めて自分で企画た会をやり、不安な中にも参加してくれた人たちとの濃密な時間をすごさせていただきました。
これからも今回の反省を生かして、たぶん人数やその時のテーマ、来た人たちとのノリというかバイブスというかそういったもので変わっていって一回として同じものはないんだろうけど、その都度その回が貴重な人生の一部、体験だと思うので真摯に取り組んでいきたいと思います。
 
今回来てくれた人たちともまた話したいし(次にあった時はまた違う新しい距離感ですね。変化は恐くもあり楽しみでもあります)、そういう「つながり作り」もこの会で作っていけたらと思います。この会の発展系もいろいろ考えています。
 
というわけで、すでに第二回生きづらさ研究会の開催も決めております。詳細は次の記事で。